国際レクチャーシリーズ第3回
講師: Takamasa Momose (The University of British Columbia)
https://www.chem.ubc.ca/takamasa-momose
場所:京都大学 理学部6号館2階272号室
2019.2.19. (Tue.) 15:00-17:00 学術セミナー
「反水素原子の高分解能分光とCPT対称性」
反水素原子は反陽子とポジトロンから構成される水素原子の反物質である。カナダ、英国、オランダ、米国などの研究者で構成されるALPHAグループでは、スイスCERNの反陽子減速リングで生成される低速反陽子とポジトロンを混合させて反水素原子を作成・捕捉する技術をこの数年で飛躍的に発展することができ、現在では300mK以下の反水素原子を1000個程度磁気トラップに同時に捕捉することに成功している。この”高密度”反水素原子を用いて、反水素原子の1S-2Pおよび1S-2S”電子”遷移の高分解能分光観測にごく最近成功した。水素原子と反水素原子のエネルギー準位を高分解能分光手法を用いて詳細に比較することは、CPT対称性の検証やQED理論の反物質における検証などに重要な情報を与える。また、1S-2P遷移を使ったレーザークーリングによるさらなる冷却が可能であり、それにより反物質と重力の相互作用実験が可能になる。講演では、ALPHAグループによる反水素原子の最新の成果と今後の展望を簡単に紹介する。
2019.2.20. (Wed.) 9:30-15:00 レクチャー3コマ
「極低温分子・クラスターの分光とダイナミクス」
極低温の原子の研究はレーザー冷却によるボーズ凝縮の達成など過去20年で飛躍的な発展を遂げている。一方、極低温の分子は、その生成手法が限られているため、まだミリケルビン以下の温度はほとんど達成されていない。極低温の分子を用いた研究は、星間化学に関連した低温における新規・特異な化学反応の検出や、分子の多様な内部順位を用いた量子素子への応用など、今後様々な展開が期待されている。我々の研究室では、固体水素などの量子固体や、超流動液体ヘリウム液滴など、ヘリウム温度付近の量子性媒質に分子やクラスターを捕捉・観測する技術を確立し、それを用いて極低温における分子やクラスターの物理・化学状態やダイナミクスを分光学的に調べてきた。我々の実験データの解析から得られた結果には、まだ理論的解釈がはっきりしていないものがかなりある。たとえば、分子のトンネル化学反応、量子性媒質中での励起状態の緩和、分子の拡散における量子性(量子拡散)、水素分子の超流動状態の可能性などである。これらの解明には、極低温における分子・クラスターの性質のさらなる理解が不可欠である。一方、ヘリウム温度よりさらに冷却した分子を実現するため、真空中における分子の減速機の開発にも取り組んでおり、最近、200mKの温度の多原子分子フリーラジカルの磁気トラップへの捕捉に成功した。この温度では、分子波の大きさが古典的な分子サイズより一桁以上大きく、分子の波動性に起因した新規な物理・化学の検出が見込めることから、この捕捉分子を用いた原子・分子衝突や、反応の検出に現在とり組んでいる。3回の講義ではこれら極低温分子・クラスターの実験の詳細について、現在未解明の問題を中心に紹介する。
(1)量子固体中の原子・分子の分光とダイナミクス
(2)量子液体中の分子・クラスターの分光と水素分子の超流動状態の探索
(3)多原子分子の減速による磁気トラップ捕捉と極低温衝突