クーロン分解反応による長寿命放射性核種の
中性子捕獲反応率推定法の開拓
−高レベル放射性廃棄物の低減化・資源化への挑戦−
<工学分野創出に係わる基礎研究>
原子力発電所で発生する高レベル放射性廃棄物の処理・処分問題は、次世代への負担を軽減するために解決しなければならない重要な問題です。ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」では、問題となっている放射性廃棄物に含まれる長寿命の核分裂生成物*1を抽出し、これを害のない寿命の短い原子核や天然にも存在する安定核に変える「核変換」という技術を開発しています。核変換技術は稀少元素の回収など資源化という意味でも意義があります。新しい対象物質・核種の新たな核変換パスを見つけるために、この手法を確立するには原子核反応の基礎データの蓄積が必要です。
<どのようにアプローチするか? 代替(サロゲート)手法の開発>
核変換に有力な原子核反応としては中性子捕獲反応などが考えられています。これは文字通り長寿命の核分裂生成物の原子核に中性子を1個吸収させて核変換させる手法です。しかし、放射能を持つ核分裂生成物を同位体ごとに単体で分離して用意し、これに中性子を当てて実験することは技術的に非常に難しいため、そのデータの蓄積は十分ではありません。したがって、より効率的で確実な代替手法を開発することが喫緊の課題となっていました。
そこで東京工業大学、理化学研究所、九州大学ほか、全12機関51名からなる共同研究グループは、中性子捕獲反応データ取得の代替案として期待されている「クーロン分解反応」*2によるデータ取得を行いました(図1)。
<クーロン分解反応利用の特徴はなにか?>
この手法は中性子捕獲反応の逆向きの反応が光吸収反応(原子核に光を吸収させて1個の中性子が分離される反応)であることを利用しています。しかし、光(実際にはガンマ線)を核分裂生成物に直接当てる実験も非常に困難であるため、その代替としてクーロン分解反応が期待されるようになりました。クーロン分解反応は、取り扱いの難しい中性子やガンマ線を直接使う必要がないことに加え、対象となる原子核を、重イオン加速器と不安定核分離という手法を利用して100%の純度で選択できるため、効率的なデータ取得が期待できます。
<比較的重い安定核近傍の原子核に対してクーロン分解反応を測定>
クーロン分解反応は、これまで軽い原子核の特異構造の分析や宇宙での元素合成の仕組みを理解するためにさまざまな測定が行われ実績のある手法ですが、今回のように比較的重い原子核に対しての測定はほとんどなく、長寿命の放射性廃棄物の一つであるジルコニウム同位体のクーロン分解反応は今回が初めての測定になりました。今回の研究では、クーロン分解反応断面積(クーロン相互作用によって一個の中性子を分離する確率)のデータを得て、さらに、これを光吸収断面積(光の吸収によって一個の中性子を分離する確率)に焼き直し、その導出法を確認することを第一の目的としました。なお、光吸収断面積からさらに中性子捕獲断面積を導出するやり方はある程度確立しており、すでに取得している別手法によるクーロン分解反応のデータを用いて中性子捕獲断面積に焼き直す手法の確認を行うことにしています。
<ユニークな実験はRIBFで行なわれた!>
実験は理化学研究所仁科加速器研究センターのRIビームファクトリー*3で行いました。研究対象のジルコニウム93とジルコニウム94を、ウラン238ビーム(核子あたり345 メガ電子ボルト)とベリリウム標的との反応により生成し、超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)*4で分離して(不安定核分離法)、これを識別し核子あたり約200 メガ電子ボルトのビーム(ジルコニウム93ビーム、ジルコニウム94ビーム)として供給しました。これらを鉛に照射してクーロン分解反応を引き起こし、1つの中性子を分離させて軽くなった原子核をゼロ度スペクトロメータ*5で観測しました(図2)。実験では、ビームの原子核(ジルコニウム93や同94)と反応後の原子核(1つ中性子が分離された後のもの)を同時に測定することで、このクーロン分解が起こったことを確認し、その確率(クーロン分解反応断面積)を導き出すことに成功しました。
<サロゲート法の検証と光吸収断面積の測定値導出>
さらに、クーロン分解反応断面積から光吸収断面積が実際に導出できるかどうかを確認するために、光を直接入射する手法による光吸収断面積測定の先行研究があるジルコニウム94について、そのクーロン分解断面積を詳しく調査しました。今回の実験で得た光吸収断面積は、先行研究の結果とほぼ一致するものの、低い励起エネルギーでは、本研究の方がやや大きい値となりました。これは、従来知られていた励起メカニズムとは異なる励起メカニズムを考慮する必要があることを示しています。この増大効果は中性子捕獲反応断面積(中性子を一個吸収する確率)の増大につながる可能性もあり、核変換技術の観点で重要な要素でもあります。以上の研究から、調べたい原子核を加速器と不安定核分離法を駆使してビームとして作り出し、そのクーロン分解反応を測定することで、中性子捕獲反応断面積の導出に必要な光吸収断面積を効率的に得られることがわかりました。
<更なる展開へ>
今後の課題としては、今回観測された光吸収断面積の増大がどのようなメカニズムによるものかを調べる必要があります。このため、別法によるクーロン分解反応の実験をすでに行っており、そのデータ解析を進めることでメカニズムが明らかになると期待しています。さらに、クーロン分解反応断面積から光吸収断面積に焼き直した後、中性子捕獲断面積を導出する際にも有効かどうかを最終確認する必要があります。
今回、クーロン分解反応が長寿命核分裂生成物の核変換技術に必要な核反応データの蓄積に有効であることがわかりました。今回得られた成果は、将来、高レベル放射性廃棄物の処理や資源としての利用へとつながっていくと考えています。
本研究成果は、国内のオンライン科学雑誌「Progress of Theoretical and
Experimental Physics」2019年1月28日付に掲載されました。
図
1中性子捕獲反応、クーロン分解反応、光吸収反応の関係。中性子捕獲反応では、放射能を持つ93Zrに中性子を照射して安定な94Zrを生成する。クーロン分解反応では、安定な94Zrに鉛のような重い標的からのガンマ線(仮想光子という)を照射して励起し、93Zrと中性子に崩壊させる。光吸収反応では、ガンマ線(光)を直接照射して原子核を励起させる。標的を用意するのが難しいことが多い。
図
2 超伝導リングサイクロトロンで加速した238Uビームをベリリウム生成標的に照射し、93Zr,94Zrを生成する。93Zr, 94Zrを超伝導RIビーム生成分離装置で分離・識別し、反応標的の鉛に照射してクーロン分解反応を引き起こす。反応後に放出される原子核をゼロ度スペクトロメータで測定する。 |
*1 長寿命核分裂生成物:原子炉ではウランの核分裂が使われるが、その際、ウランは文字通り分裂し、放射能の高い原子核が生成される。これを長寿命核分裂生成物と呼び、79Se(半減期:29.5万年)、93Zr(153万年)、99Tc(21.1万年)、107Pd(650万年)、126Sn(10万年)、129I(1,570万年)、135Cs(230万年)などがある。
*2
クーロン分解反応:光速の40%以上もの速度をもつ原子核が、重い原子核標的の近傍を通過する際に、強い電場によって励起し、分解する反応のこと。この励起は、光の吸収と同等であるとみなすことができるため光吸収反応の代替反応となりうる。
*3
RIビームファクトリー(RIBF):RIとは放射性同位元素(不安定核)のことで、天然の原子核に比べて中性子数が多いか陽子数が多いため放射線を出して他の種類の原子核に変化する同位体のことである。RIは天然の原子核にはない特徴ある構造や反応様式を示し、宇宙の元素合成過程や中性子星の物理の解明にも重要である。RIビームファクトリー(RIBF)は、理研において2007年より稼働する世界最大の不安定核ビーム研究施設である。RIBFでは、超重元素ニホニウムの発見を初め、200種近くの新種の同位体発見など先端的な原子核の研究施設として世界的に知られる。
*4
超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS):ウランなどの重イオンビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核(RI)を集め、分離し、二次RIビームとして供給する装置。世界最大の不安定核ビームの収集効率を誇る。
*5
ゼロ度スペクトロメータ:RIBFの基幹実験装置の一つで、不安定核の反応で生じる核種の粒子識別や運動量分析などを精度よく行う磁気分析装置。