研究テーマ
「不安定核物理」とは
原子核は中性子と陽子から成る、物質の基本構成粒子です。原子核の大きさは非常に小さく、半径は数fm(フェムトメートル=10-15m)ほどですが、反面、密度は非常に高く(約0.17個/fm3 ~ 3億トン/cm3)、宇宙のいわゆる“見える物質”の99.9%以上(質量比)を占めています。原子核はユニークな“有限”量子多体系として、さまざまな量子効果、多体効果が見える興味深い物理系であり、現代物理学の一大分野となっています。
ラザフォードらによるα線と金原子核との散乱実験以来、原子核物理学は約100年の歴史がありますが、その中でも、ここ20年ほどで急速に進展してきた分野が「不安定核物理」です。原子核の種類(核種)は陽子数と中性子数の組み合わせで決まり、天然に存在する原子核(安定核)は約270種類くらいあります。一方、天然には存在しないものの、核子(中性子、陽子)の束縛系となりうる短寿命の原子核は約6000種類ほど存在すると考えられており、この短寿命の核を不安定核と呼んでいます。実際には陽子数に対して中性子数が過剰な「中性子過剰核」、逆に陽子数の方が過剰な「陽子過剰核」があります。実験的には6000種の不安定核のうち約2700種類の同定しか行われておらず、理論的にもどこまで中性子過剰にできるか、陽子過剰にできるかを予測することはいまだに困難です。
不安定核物理は、重イオン加速器技術の進展と核破砕反応による「不安定核ビーム」の登場により大きく変わりました。この装置で中性子の数と陽子の数を自由に変えることにより、新しい自由度を原子核物理学にもたらしました。原子核を結び付けている核力(強い相互作用)の性質はまだ完全に解明されておらず、不安定核の研究はその重要な鍵を与えると期待されています。また、不安定核では、これまでの安定核にはないさまざまな量子秩序や量子多体効果が見える可能性があります。例えば、原子核の量子秩序を与えている殻構造(シェル構造)が中性子過剰核で大きく変化し、魔法数と呼ばれる安定となる陽子数、中性子数が変化していることが最近わかっています。また、中性子ハロー核や中性子スキン核、ダイニュートロン相関やαクラスター状態など、通常の安定核ではかんがえられないような奇妙な原子核がみつかっています。
一方、宇宙の元素は原子核の種類で決まりますが、宇宙でどのように元素が生まれてきたのかを知る手がかりを不安定核は与えると考えられています。さらには、高密度天体として知られる中性子星や宇宙最大の爆発現象「超新星爆発」の物理も地上の不安定核を用いた実験が重要です。
中村研ではこの「不安定核」を素材にして、原子核のさまざまな新しい量子現象を調べ、物質の謎、宇宙進化の謎を探る研究を行っています。
中村研では「不安定核」を素材にして、原子核のさまざまな新しい量子現象を調べ、宇宙を構成する物質の謎、宇宙進化の謎を探る研究を行っています。中村研は、世界的な「不安定核物理」の拠点となっている理化学研究所の仁科加速器研究センターのRIBF(RIビームファクトリー)を活用して、不安定核の中でも特に中性子数が過剰な核(文字通り中性子過剰核)の反応を利用して、「中性子ハロー核の研究」「中性子過剰核の殻構造」「天体核反応」「中性子星の核物質」について研究しています。
なお、2012-2016年の5年間、中村研は東北大、京大、東大、理研、JAXAの人たちと組んで新学術領域研究「実験と観測で解き明かす中性子星の核物質」を推進しています。これは大型の科学研究費で、上記のピグミーモードの研究を推進するためのγカロリメータ(CATANA)を開発しています。
中性子ハロー核
原子核は液滴のようにふるまい、これ以上核子(中性子、陽子)を詰め込むことができない「飽和」した状態にあります。そのため、従来は、軽い原子核から重い原子核までほぼ一定の密度(約0.17個/fm3)をもつもの、とされてきました。しかし、不安定核の研究が進むにつれ、非常に中性子過剰な原子核の中に、ハロー(HALO, 日本語では暈(かさ))と呼ばれる薄い密度部分の外縁部分をもつものがみつかりました。いわば原子核の「飽和性」の常識を破る構造です。例として、図1に最初にみつかったハロー核(ハローをまとった原子核)リチウム11(11Li)の模式図を示します。これは飽和してコンパクトにまとまった9Li(コア)のまわりに2つの中性子からなる外縁部(ハロー)をまとった構造をしています。ハローの半径は重い208Pbの半径ほどにもなることがわかっています。
図1: 中性子ハロー
ハロー構造は、最外殻の中性子の束縛エネルギーがきわめて小さくなり、通常の原子核の範囲(核力のおよぶ平均ポテンシャルの領域)を超えてしみだす、一種のトンネル効果に起因することがわかっています。しかし、ハローを作る要因は、非常に弱い束縛エネルギーだけではなく、中性子の角運動量や、2中性子間のダイニュートロン相関(2中性子が空間的に近接し、束縛した2中性子のように振る舞う現象)なども関わる複雑な現象でもありこともわかってきています。11Liは9Li+n+nという3体系として記述できますが、9Li+n,n+nでは束縛できず、3体になってはじめて束縛できるボロミアンという構造をしており、3体系の物理が重要な役割を果たすことがわかっています。
ハロー核はこれまで、十種類程度みつかっていますが、その大半は質量数20以下のものです(中村研ではこれを超えるハロー核として31Neを発見し注目されています)。さらに重いハローが存在するのか、存在するとどのような構造をしているのか、などは全く分かっていません。
巨大な半径、2重の密度構造、フェルミ面近傍にいる中性子、非常に希薄な表面をもつなどのハローの特徴により、その励起状態や、反応メカニズムにも特異性が現れてきます。中性子ハロー核に光吸収させると、通常の核の光吸収ではあまり起こらない、非常に低いエネルギーのフォトンの吸収が強く起こります。これをソフト双極子励起と呼んでいます。 中村研では世界に先駆けてハロー核11Be, 19C, 11Liなどでソフト双極子励起の測定を行い、そのメカニズムを解明しました。特に2中性子をハローにもつ11Liにおいては最大の双極子励起強度を観測し、これがダイニュートロン相関と呼ばれる2中性子の量子状態に起因することを見出しました。また、これを用いたハロー核の解析法も確立させています。さらに重いハロー核19B, 22C, 31Ne, 37Mgにも適用し、ハローの中のダイニュートロン構造や、殻構造の変化、ハロー構造と変形のかかわりが明らかになりつつあります。
中性子過剰核の殻構造の破れ
原子核は有限量子多体系であり、殻構造と呼ばれる量子秩序をもっています。これはノーベル賞をとったMayerとJensenがその理論の基礎を作り、2,8,20,28,50,82,126という魔法数があり、その個数の中性子数、陽子数をもつ原子核が球形で励起しにくく、特に安定になるということを見出しました。魔法数は殻構造のギャップ(間隔)が特に大きいところを表わしています。 ところが、中性子過剰核の研究を進めて行くうちに、この魔法数が普遍的でないことがわかってきました。中性子数N=20の32Mgは強く”変形”していることがわかり、魔法数20の原子核が”球形”であるという常識が破られました。特にNe(Z=10), Na(Z=11), Mg(Z=12)については中性子数20付近で魔法数20の影響が全く見られず、変形し、殻を超えた核子の励起が基底状態にも混じっていて“逆転の島”と呼ばれています。 中村研では新しく発見したハロー核31Ne, 37Mgも変形していることを見出しました。この核も逆転の島に入っていることを示唆し,さらに魔法数28が消失していることも示しました。殻構造の破れは、原子核の平均場の変化、核力におけるテンソル力の寄与、弱束縛性(ハロー的構造)が絡む現象とされており、この解明が核力や原子核における対称性の破れ(変形現象)を解明する上で重要な役割を果たすものと考えられています。その系統的な研究が求められています。
天体核反応
我々の構成元素、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)等、さらには鉄(Fe)、重い方では金(Au)、鉛(Pb)、ウラン(U)などの元素はどのようにして生まれたのでしょうか。ビックバンは非常に高温高密度状態が実現していたわけですが、質量数5と8の壁(質量数5の束縛原子核はなく、質量数8をもつ安定核は存在しない)のため水素(H)とヘリウム(He)、およびわずかな量のリチウム(Li)しか生まれませんでした。それより重い元素はすべて星の中の燃焼過程で生まれたことが知られています。太陽のような主系列星では水素がヘリウムに、ペテルギウスのような赤色巨星では3He→12C(炭素12)という反応が進んでおり、さらに12C+4He→16O…と反応は続き、最終的には最も安定な原子核56Feが生成されます(この物理自体が大変深い物理を含んでいます)。重い星の進化の最終段階では、核反応をしなくなった鉄が重力崩壊をおこし、超新星爆発に至ります。
では、それより重い元素はどのようにして生まれたのでしょうか。我々の身の回りには、鉄より重い、銅(Cu)、銀(Au)、金(Au)をはじめウラン(U)にいたる様々な元素があります。これらの元素はsプロセス(遅い過程、sはslowを表わす)ないしrプロセス(速い過程、rはrapidを表わす)と呼ばれる2つの過程がメインな生成過程であると考えられています。sプロセスは赤色巨星などで起きている緩やかな中性子捕獲反応で、星の中にわずかに含まれている中性子を使って鉄を起点に徐々に重い原子核を生成していくものです。これに対してrプロセスは爆発的に中性子が次々と吸収され非常に中性子過剰な原子核が数ミリ秒という短い時間で生成され、その後β崩壊で安定同位体に落ち着くというプロセスです。これは短時間とはいえ、地上では実現不可能なくらい中性子が過剰となった原子核が一時的に生まれると予想されています。宇宙の元素の分布をみると金や白金はそのまわりの元素にくらべて多いことがわかっているのですが、これはrプロセスの痕跡だとされ、rプロセスが起こっている有力な証拠になっています。
安定核に沿って重い元素を合成するsプロセスに比べ中性子過剰核を経由するrプロセスは謎だらけです。実際にどのような経路で重くなっていくのかは本当のところ、よくわかっていません。そこには中性子過剰核の性質(質量、半減期)やダイナミクス(中性子捕獲反応率)などを的確に予言することが重要です。そのための基礎データが不安定核の実験で得られます。 中村研の研究では、rプロセスで起こるような中性子捕獲反応をまずは軽い中性子過剰核で調べており、通常のs波の捕獲ではない、p波捕獲の現象が特に弱束縛原子核で重要であることを指摘しました。
中性子星の核物質
中性子星は半径10kmほどの大きさに太陽の質量を上回る物質を詰め込んだ、コンパクトかつ超高密度な天体です。”見える“天体としては全宇宙でも最高密度を持っています。一方で、中性子星はその名のとおり、大部分が中性子を成分とすると考えられていて、したがって強い相互作用で結びついた「中性子核物質」あるいは「巨大な原子核」と考えられます。しかしながら、未だにその半径でさえよく特定できていません。
おおざっぱに言うと、中性子星は、収縮しようとする「重力」と、中性子のポテンシャル(相互作用)と運動エネルギーで決まる「圧力」が釣り合って成り立っています。圧力Pは密度ρに依存しますが、この密度依存性P(ρ)を知ることで初めて中性子星の密度分布や半径を決めることができるのです。P(ρ)は、物質のE(ρ)の微分形でも書けるので、通常はこのE(ρ)を核物質の状態方程式と呼んでいます。核物質(中性子星のような無限個の核子多体系)の状態方程式は、核力の密度依存性やアイソスピン依存性、さらには2つの中性子がボソンのように振る舞うことによってできる超流動などの性質にも依存すると考えられていて、未だに決まっていません。
中村研では中性子過剰核、特に中性子スキンという“中性子物質”をもつ原子核を用いて、これを電気的に励起して、中性子スキンを双極子振動させ、そこからE(ρ)を決定しようとしています。中性子スキンの振動は微弱なためピグミー(小人)モードと呼ばれています。また、テトラ中性子と呼ばれる4中性子系を生成したり、非常に重い非束縛系の酸素同位体28O(酸素28)も目指していますが、これは中性子核物質の状態方程式のインプットとなる3体力や核力のアイソスピン依存性を決定することになります。