本領域について

領域代表:
中村隆司(東京工業大学・理学院・教授)

微視的な物質世界にはクォーク・ハドロン・原子核・原子・分子という何桁ものスケールにわたる階層構造があります。ビックバンでは、約0.01ミリ秒後にクォークとグルーオンのスープから核子(陽子・中性子)ができ、約3分後にはこれらが結びついて原子核が生まれ、約38万年後には原子核は電子と結合して原子が形成され、宇宙が晴れ上がりました。この物質生成の歴史は「階層の進化」そのものでした。「物質の階層がなぜこのような進化をとげたのか、どのようなメカニズムでこうした階層構造が生じたのか」という問いは自然科学の根源的な問いでありながらこれまであまり議論されてこなかったように思います。これは、各階層が完全に分離しているように見えたこと、これまでの研究が階層ごとに独立して発展し、その間にあまり関連性が見出されなかったことが原因かもしれません。

こうした中で本領域研究は、ハドロン物理、原子核物理、原子物理、分子科学分野の研究者の力を結集して階層間の壁を超えた連携研究を実現するものです。特に、階層の間・境界にあらわれる多彩なクラスター現象に注目します。本研究を通じて、階層をつなぐ共通の言葉や法則を見出して、物質階層の謎を解き明かし、物質階層を横断する新しい融合分野の確立を目指しています。

従来知られている階層構造は図1の左側のように、クォーク、ハドロン、原子核、原子、分子の階層です。それぞれの階層は粒子の基本単位となる「構成粒子」と、その間の「力」で特徴づけられます。ここで、構成粒子が複合粒子の場合を「クラスター」と呼びます。核子のようなハドロンはクォーク(素粒子)からできていますが、原子核は陽子や中性子という複合粒子からできており、この陽子や中性子(核子)はクラスターというわけです。したがって、階層構造の理解には「クラスター形成」が重要となってきます。

図1

本領域研究では、この階層構造を解く鍵として図1の右側のような、従来型階層の中間(境界)に位置するセミ階層に着目します。ここには新しい励起エネルギーや新しい自由度をもった「新奇のクラスター」が次々とみつかっていますが、従来型の階層では理解できないものです。たとえば、ペンタクォークは5個のクォークから成り立つとも言えますが、2組のダイクォーク(クォーク対)+1個のクォーク状態や、中間子+バリオン状態と混合します。中性子過剰核にはダイニュートロンと呼ばれる強相関中性子対(ボーズ粒子)が構成粒子とみなせるような状態も示唆されています。原子の世界では冷却原子実験が飛躍的に進展しており、特異点的に強い相関をもったフェルミ粒子対が生成されています。これらは、クォークの個数や質量、中性子数(アイソスピン)、励起エネルギー、相互作用の強さなどを新たな自由度として変化させたときに階層の状況が変化して、中間的なセミ階層が実現したものとみなせるのです。

こうした、中間的な階層は階層構造を解くさまざまな鍵を持っていると考えています。例えば「自由度」「分離度」「閾値則」「力(クラスター間相互作用、クラスター内相互作用)」「相」などが、何桁もスケールを超えて普遍的に議論できるのではないかと期待しています。階層を貫く普遍性が法則化・定量化されると、その差分として、それぞれの階層の個性も見えてくるでしょう。すなわち、それぞれの階層における研究の進展も期待されます。

これらの研究を押し進めていくドライビングフォース(原動力)となるのが3つの柱、1)世界最先端の加速器実験によるクォーク・ハドロン・原子核の新奇クラスターの研究、2)冷却原子を用いた量子シミュレーション、3)スーパーコンピューター等の発達とも相まって進む理論面における第一原理計算です。1)の加速器実験では、我が国には世界に誇る最先端加速器としてJ-PARC、理研のRIBF(RIビームファクトリー)等があり、我が国が先導できる環境が整っています。CERN(スイス)の超高エネルギー重イオン衝突の実験でも日本グループが先導的役割を果たしています。2)の冷却原子実験や関連する物性実験においても、我が国には個性的で世界をリードする先進的な研究室が多々あります。3)の少数粒子系や多体系の第一原理計算においても、我が国の研究者は先導的な役割を果たしています。本領域はこうした研究を繋ぎ、紡ぐことによって、階層構造の謎を解いていくわけです。

図2

本領域研究の研究スタイルをまとめたのが図2になります。本研究は7つのグループ(計画研究)と関連する公募研究から構成されます。クォーク・グルーオン・プラズマからのハドロン生成機構を研究するA01班、エキゾチックハドロンの研究を主とするA02班、ハイパー核や中間子原子核の研究を主とするB01班、中性子過剰核などの不安定核の研究を主とするB02班、冷却原子実験による量子シミュレーターの実現を目指すC01班、C02班、そして、第一原理計算を主とする理論研究を行うD01班です。階層構造やクラスターに関連する現象を共通のパラメーターで整理し(図2左下の2次元プロット)、これを第一原理的に理解(基本階層→上部階層)し、一方で、制御可能な階層(冷却原子系)から理解が難しい階層(ハドロン、原子核の層やセミ階層)におけるクラスター現象の解読(量子シミュレーション)を進めていきます。こうして得られる結果から、階層を貫く普遍的性質を抽出するとともに、その違い(差分)から各階層の個性(多様性)も理解します。つまり、こうした横断的研究をそれぞれの階層の研究にフィードバックします(図2の右側のフィードバックの矢印)。以上のように、各階層の研究を有機的に連携させ、階層をつなぎ、物質階層分離のメカニズムの解明、階層を超える普遍的現象や法則の発見とその解明を進め、物質科学の新たな融合領域の創成を目指します。